場面展開 アレもコレも詰め込まない

人の作詞を診ていて色々とアドバイスしていて、しばしば思うのは、展開があちこちに転がっていて多くを盛り込み過ぎて、読み終えた時に、「結局、どういう話の筋道を作りたかったのだろう?・・・」と思う事が間々あります。

言いたい事、表現したい事は多くあるのでしょう。それは、気持ちは解ります。
しかし、歌詞というのは当然、小説や文庫本と違って文章量がそこそこ決まってますからね。
一般的な、ツーハーフという、1番、2番があって、間奏があって、最後にラストに行く、間奏の後にもう一回ブリッジ/Bメロと呼ぶ箇所がある場合も普通に見掛けますが、まぁ大抵その程度の量です。
文章量にして、どうでしょう、原稿用紙1~2枚分程度かと思われます。ある意味、限られているという事になります。
その中で、いかにして言いたい事を、書いていくかになるわけです。

ですので、それなりに許容量がある器の中で仕上げていくので、場面展開と言いますか、画となるシチュエーションの数も、一つの作品中に盛り込める量は、おそらくせいぜい3~4個かと想像します。

歌詞というのは、画ばっかりが描かれていても、
「あぁいう事があった」「こういうシーンがあった」
という事ばかり書いて、書き手や登場人物の訴えている事が表現されていなければ、読み手/聞き手的に、「だから何が描きたいの?」という感想が後に残ってしまう場合もあります。
場面をあまり詰め込むと、読んでいて、理解しようとする頭の中が最後の方にはとっ散らかってしまう事もあり、どんな話のストーリーの筋道を構成したかったのか?と思う事も間々あり、それで終わり・・・になってしまいます。




一個の作品として、色んな意味で「仕上げる」為に盛り込める場面という課題。
アレもコレも書きたい・・・という気持ちは良く解ります。しかし、実際、詰め込みたくても詰め込めない、こっちの方が解ってくる実情でしょう。

無理に盛り込もう、詰め込もうと思わない事。そっちの方が結構需要です。

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windzblue

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