フレーズにおける語尾表現を一考する

まず、歌詞と話し言葉とは基本的に違うものである、という事なのですが、様々なアマチュアの方の作詞を拝見していると、各フレーズのお尻の部分、フレーズの語尾の言葉遣いが、歌詞っぽくない、普通の話し言葉のままそのままに書いている・・・と視られる作品は、予想以上に多く在ります。

これ、解っていてわざとそういう書き方をしているならまだ矯正のしようもありそうですが、何の疑問もなく、気が付いていずに書いているとしたら、コレをまず認識するには結構大変じゃないか?と思うのです。

プロの方の作品をランダムに見渡したら、しばしば、フレーズの語尾の部分が、普通の話し言葉っぽいもの、俳句っぽいもの、短歌っぽいもの、・・・等、そういうものは見掛けますが、しかしこれらは、プロの作詞家が手掛けて現場のディレクターなどが判定して世に出ていますから当然、歌詞としておかしくない体裁は出来ています。

がしかし、まだ書き始めの頃は、完成度を客観する視る目が出来ていない状態で、普通の話し言葉っぽくなっている作品はありますから、ただ普段自分が人と話す時の話し方をそのまま書いているだろう・・・と視られるケースもあり、書いている最中にそれを気をつけながら書かないと宜しくないです。

例えば・・・

「希望の光が満ち溢れています
『希望の光が満ち溢れてる

「輝かしい朝日に顔を向けています
『輝かしい朝日に顔を向けて行くよ

と、こういうフレーズがあったとします。




これは取り急ぎで挙げた例えばのケースですが、普通の普段の話し言葉の箇条書きの様に描いた場合と、
歌詞の体裁に仕立てた文体にしてみましたが、
前者の様な普通の話し言葉な体裁を狙った創りの歌詞ならば「企画通り」となるので良いかと思いますが、そうでない場合、歌詞のフレーズの語尾というのはフレーズを締める効果もありますから、書く時には意識して気を付けながら書くのが良いです。


windzblue

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