十人十色である感性を突破する客観力という力量

ややこしい投稿表題ですが・・・。

作詞をする人が集う同人サイトに、「意見をお願いします。」等と投稿されている作品を読むと、描かれている物語の内容があまり視えて来ない、伝わって来ない作品は残念ながら多いです。

そして、それらに共通している事は、作者の中ではこなれていて確立されている様ですが、人が視たら解らないという事なのです。
意見/感想を投稿すると、都度、箇所箇所を「○○こういう事なんですよ・・・」と書き手が説明して来る事もしばしばありますが、説明という役目は、その作品中で表現されているべき事であり、歌詞への後付けの説明を必要無しに、歌詞中で解ってこそ人々に感動を与えられる、それが大事なのです。

ましてや前述の通りで、人の感性は十人十色ですから、読み手/聞き手がどう受け取るか?どう感じるか?も様々でしょうから、より多くの人の心を貫く様な感動を与えるとなると、それなりの力量が求められる事になります。

そこで、おのずと求められるものが、前投稿の通りで「客観力」なんです。

作詞をする際に、読み手/聞き手の視点に立った時に、言葉達がどの様に解釈されるか?を思いながら書きます。
何作品も書いてくると、だんだん分かってくる事もあるのですが、しかし、この「客観力」というのが結構、特に作詞においては、誰か技能者に師事して教わる方が、恐らくその向上に飛躍性が期待できるだろう、という事なのです。

作詞における技術的要素については、誰か先生に教わって学ぶ方が、視えてくるものも技量の上昇スピードは、おそらく速いと期待できます。
対価を払って学習するのだから当然かもしれませんが。

その様な事で、客観力、相手視点に立って書く事、これは避けて通れない作詞の道程です。
同時に、書いたら次、また次と、数をこなすことも結構大事だと、解ってきたりしますよ。



windzblue

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