客観力を養う必然性

想像力と創造力の話題に続いては、客観力を養う必然性に迫られる事になる話です。
まぁ、作詞に限らず、様々、社会生活していく上では付きまとう事かもしれませんが・・・。

何作品か書ける様になってくると、絶対的に、目の前に立ちはだかる課題なんです。
当方も、通信講座を受講し始めて1年足らずくらいの頃か、その課題にぶつかりました。
添削指導の先生の指導が介在してから気付き、鍛えられた事柄です。

一つの例えを挙げて、説明をしようと思います。

以前、音楽学校の頃に、先生に診てもらった事のある、とある歌詞と同じ歌詞を、作詞の通信講座の先生に診てもらうと、全然違う内容の返事が返って来た事があります。
それで、「えっ!?」と思ったのです、「全然違うじゃないか!?・・・」と。

それで混乱し、通信指導の先生に質問を送ってみたのです。そこで、認識の転換が起きる事態が起こったのです。
面白い事が書かれていました。

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「 『 赤い 』 という言葉から連想する物を幾つか並べると、薔薇、トマト、夕日、頬、血・・・と思い浮かべるでしょう。
しかし、それら全てが全く同じ赤い色だと思う人は、誰も居ないでしょう。人の感性は十人十色です。
その様な不確かな言葉達を使って書かれた歌詞が、誰が診ても一つの同じ詞ではあり得ないのです。」

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・・・その様な内容でした。
そこでです。

「客観力を養う」事と同時にですが、「自意識と相手の解釈は別だ」という事をきちんと認識する事に、自然と仕向けられる運びとなるのです。

そういう回答が返ってきたのです・・・という事を、今度は何と!、以前に通っていた音楽学校の先生宛に、手紙を送って質問してみました。
返事が返って来るかどうか、分かりませんでしたが、とにかくも質問してみないと自分の中の疑問が晴れなかったのです。

で、数週間後、当時の先生から返事が来ましたが、
「あまり色々と悩まずに、どんどん別の作品に取り掛かった方が良いだろう・・・」
「これが正しい!というのは作者の内にあるもので、たまたまフィットする一部分が気に入られるのであって、それはそれで良いと思う・・・」
という返事でした。

通信講座の先生から返って来た返事の角度を変えて簡略した状態の、半ば同意見が、音楽学校に通っていた頃の先生からの返事の2行目と同様かと判ります。

そこで、人々を感動させられる為に、レコーディングされるにあたってディレクターなどからOKが出せる為に、必要な事が、その偶々フィットする一部分を始め、作品が他者から見て通じる事が大事となりましょう。



windzblue

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